ネットショップのマーケティング:「いいね」の数より大切な、たった一つの地図

ある小さな焼き菓子店のお話

ある街に、ハルカさんという女性が営む小さなオンラインの焼き菓子店がありました。彼女が作るパウンドケーキやクッキーは、厳選した国産小麦と、季節ごとのフルーツをふんだんに使った、優しくも力強い味わいが特徴です。大量生産はできませんが、一つひとつ心を込めて焼き上げていました。

ハルカさんは、お店をオープンした時、周囲からこうアドバイスされました。

「今は SNS の時代だよ。まずはたくさんの人に知ってもらわないと、絶対に売れない。毎日きれいな写真を投稿して、とにかく『認知』を広げなさい」

その言葉を信じ、ハルカさんは毎晩遅くまでスマートフォンの画面とにらめっこをしました。流行りの音楽に合わせて動画を作り、何十個ものハッシュタグをつけて投稿。努力の甲斐あって、Instagram のフォロワーは数千人にまで増え、投稿にはたくさんの「いいね」や「おいしそう!」というコメントがつくようになりました。

しかし、ハルカさんの心は晴れませんでした。

フォロワーが増えても、ネットショップの注文数は月にほんの数件。材料費と手間を考えれば、利益はほとんど出ていません。「こんなにたくさんの人が『知って』くれているのに、なぜ買ってくれないのだろう? まだまだ認知が足りないのかな……」

彼女は焦りから、さらに奇抜な見た目のお菓子を作って SNS で目立とうとしたり、流行りのキャンペーンを企画したりと、身を削るような努力を続けました。次第にお菓子作りへの喜びよりも、「どうすればバズるか」ばかりを考えるようになり、心身ともに疲弊していったのです。

これは、決してハルカさんだけの特別な物語ではありません。現代のネットショップ運営や、物・サービスを販売する多くの事業者が陥りがちな「罠」なのです。

「認知」の罠と、ビジネスの正道

現在、WEB マーケティングの世界では「まずは SNS などで認知を獲得することが最優先だ」という風潮が強くあります。もちろん、誰にも知られていない商品は買われませんから、知っていただくことは大切です。

しかし、ここで私たちは立ち止まって、一つの警鐘を鳴らさなければなりません。「とにかく目立って、名前を知られれば売れる」というのは、大きな勘違いなのです。

世の中には、商品を売ることだけを目的とした、いわゆる拝金主義的なビジネスモデルも存在します。とにかく網を大きく広げ、何人かが引っかかればいいという考え方です。それを完全に否定するつもりはありませんが、ハルカさんのように「自分が信じる良いものを届けたい」と願う事業者にとって、それは歩むべき道ではありません。

私たちが目指すべきビジネスの「正道」とは、「買ってよかったと心から思ってもらえる人に、買ってもらうこと」です。

お笑い芸人であり絵本作家でもある西野亮廣さんが、過去に SNS でこのように発言されていました。

「認知から人気へ」

この言葉が、私たちが抱えるモヤモヤを見事に、そして的確に表現しています。

「あ、そのお店の名前、知ってるよ(=認知)」と、「あのお店のケーキがどうしても食べたい、大切な人に贈りたい(=人気)」は、全くの別物です。ただ名前を知られているだけでは、購入という行動には繋がりません。私たちが本当に獲得すべきは、薄く広い認知ではなく、深く温かい「人気」や「信頼」なのです。

ビジネスの理想は、販売者と購入者のどちらもが納得し、ハッピーになることです。

「安かったから」「なんとなく流行っていたから」という理由だけで買われた商品は、お客様に深い喜びを与えません。また、販売する側も「バズるため」に身を削って無理な安売りや過激な宣伝を続ければ、必ず疲弊します。

どちらかが相手に依存し、どちらかが理不尽な負担を強いられる関係性は、決して長くは続きません。双方が「あなたから買えてよかった」「あなたに届けられてよかった」と笑顔になれる関係こそが、ビジネスを永続させる唯一の力なのです。

カスタマージャーニーという「地図」を描く

では、「ただの認知」を「人気」に変え、お客様とハッピーな関係を築くには、具体的に何をすればいいのでしょうか。

ここで必要になるのが、「カスタマージャーニー」の設計と再構築です。 カスタマージャーニーとは、直訳すると「顧客の旅」。お客様があなたの商品の存在を知り、興味を持ち、購入し、そしてファンになっていくまでの一連の心の動きと行動を、一枚の地図のように描き出す手法のことです。

ハルカさんの失敗は、この地図を持たずに、ただ「知ってもらう(認知)」という入り口付近だけで、大声で叫び続けていたことにあります。

お客様の旅を、一緒に想像してみましょう。

  1. 【出会い】 SNS で美しい焼き菓子の写真を見る。「美味しそうだな」と思う。
  2. 【興味】 お店のプロフィールを見る。「国産小麦へのこだわり」という言葉に惹かれる。
  3. 【検討】 ネットショップへ飛ぶ。ここで「送料が高いな」「どんな味か想像がつかないな」「誰に贈ろうか」と迷う。
  4. 【決断】 「店主の想いが書かれた手紙」や「初めての方向けのお試しセット」を見て、購入を決意する。
  5. 【体験】 届いた箱を開けた瞬間の香り、手書きのメッセージカード、そして一口食べた時の感動。
  6. 【共有・リピート】 「また食べたい」「友達にも教えてあげよう」と思う。

これが、お客様の美しい旅路です。 この地図(カスタマージャーニー)を設計できていないということは、お客様を深い森の入り口で置き去りにしているのと同じです。たまたま出口(購入)に辿り着く人がいるかもしれませんが、それは単なる「運」でしかありません。

WEB マーケティングとは、SNS でバズらせることではありません。お客様が迷わず、楽しく、心地よく「購入」そして「ファンになる」という目的地まで歩けるように、この旅路を設計し、どこで立ち止まっているのかを観察し、何度も道を直していく(再構築する)ことなのです。

生成 AI 時代に、人間にしかできない「自己否定と熟考」

「地図を描くのが大事なのはわかった。でも、難しそうだから最新の AI(人工知能)に任せてしまおう」

そう考える方もいるかもしれません。しかし、ここにも大きな落とし穴があります。ネットショップのマーケティングにおいて、生成 AI にすべてを「丸投げ」してはいけません。

生成 AI は、私たちが入力した言葉(プロンプト)に対して、インターネット上の膨大なデータから「もっともらしい答え」を返してくれます。しかし、世の中には「SNS で手っ取り早く認知を上げる方法」というノウハウが溢れかえっています。そのため、AIに単に「売上を上げる方法を教えて」と雑な指示を出すと、AIは世の中の多数派である「とにかく認知を上げるための SNS テクニック」を提案してきます。

結果的に、また「認知至上主義」の罠に逆戻りしてしまうのです。AI を使うことで結果が全く変わってしまうのは、AI の性能のせいではありません。指示を出す人間側が、「誰に、どんな価値を届けたいのか」を深く考え(熟考し)ていないからです。

すべてが効率化され、AIが答えを出してくれる現在。人間にとって一番必要とされている役割は何でしょうか?

それは、「自己否定も含めて、深く、深く、熟考すること」です。

「本当に今の商品の見せ方でいいのか?」 「私の売りたいものは、単なる『お菓子』ではなく、『休日の午後の安らぎ』ではないのか?」 「SNS で目立つことばかり考えて、目の前のたった一人のお客様の顔を忘れていなかったか?」

こうした痛みを伴う自己否定と、本質に向き合う熟考は、AI には決してできません。人間の血の通った心と、事業への情熱だけが成し得る業です。

生成 AI は、目的を決めるリーダーではなく、あなたの考えを形にするための優秀な「助手」として最大限に活用すべきです。あなたが熟考の末に「自分はこういうお客様に、こういう旅路を歩んでほしい」という確固たる意志を持った時、初めてAIに対する質の高いプロンプト(指示)が生まれ、AI は素晴らしいサポートをしてくれるでしょう。

これからのビジネスを考えるあなたへ

ハルカさんはある日、フォロワー数を追うのをピタリとやめました。 その代わり、自分の焼き菓子が「誰のどんな瞬間に寄り添いたいか」を深く考え直しました。そして、お客様の「旅路(カスタマージャーニー)」を整えることに時間を使いました。

初めての方にはハードルが低いお試しセットを作り、商品ページには味の説明だけでなく、そのお菓子が生まれた背景や、おすすめの紅茶のペアリングを丁寧に書き添えました。SNS ではバズる動画ではなく、「なぜこの素材を選んだのか」「どんな思いで焼いているのか」を、まるで目の前のお客様に語りかけるように、文章で発信するようになりました。

フォロワーが増えるペースはガクッと落ちました。しかし、ショップの注文数は少しずつ、確実に増えていきました。そして何より、「ハルカさんのお菓子を食べると、優しい気持ちになれます」という、心温まる感想のメールが届くようになったのです。

もし今、あなたがネットショップの運営や商品の販売で「うまく認知されない」「SNS を頑張っているのに売れない」と悩んでいるなら、ぜひ以下のようにお考えください。

  1. 「いいね」の数やフォロワー数から、一旦目を背ける勇気を持つ。
  2. 「私は、誰に、どんな『買ってよかった』を提供したいのか」を、紙が真っ黒になるまで書き出し、熟考する。
  3. お客様が商品を知ってからファンになるまでの「旅の地図(カスタマージャーニー)」を描き、途中で迷子になるような不親切な道がないかを確認する。
  4. 生成 AI を使うときは、「ノウハウ」を聞くのではなく、自分の深い思考を整理したり、アイデアの壁打ち相手として活用する。

売上や認知といった「数字」は、お客様があなたの思いに共感し、ハッピーになった結果として、後から静かについてくるものです。

時代がどれほど移り変わり、便利なツールが登場しても、ビジネスの根底にあるのは「人と人との心の通い合い」です。あなたが信じる「正道」を、自信を持って歩んでください。その真摯な道のりの先にこそ、長く愛される、あなただけのビジネスの形が待っているはずです。

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